19歳になりました。

毎日じゃなくても少しつづつけようと思っていましたがまた長いこと更新できなかった。

まぁそんなに気張らなくてもいいのかもしれないけどやはり自分の気持ちを文字にすることはとても落ち着くとなので続けていきたいと思う。見ている人は少ないとおもうけど。いや、そうことではなく、ね

 

さて、今日10/22を持って19歳になった。まぁ浪人してる身であるしセンター試験まで100日を切っているわけだがこう言う日はちゃんと気持ちを綴っておかないと後で書くことに迷いそうだから書いておくことにする。

 

例えば小学生の時は家の目の前の道を登下校する学ラン姿の兄ちゃんをみて憧れたし、中学では自転車や電車に乗って通学する高校生に憧れた。今はと言うと高校卒業したけどまた性懲りも無く同じように大学生に憧れて日々勉強している。思えば19年間別に何をしたわけでもなく周りに流されまた自分にも他人にも甘え流れて流れてなんとなく生きて来た気がする。世間ではなにかと「平成最期の○○だ」とか言ってキャンペーンするなり新商品売りつけたりだの、よくやるなぁと思いつつこうして自分も平成最期の秋かつ10代最期の年がやってきたので有る。

 

いつもやりたいことは頭の中にあってどうしたらやれるだろうかと考えてはみるものの、そのほとんどが実行に移されることはなくまた頭の中だけの空想ばかりが溜まっていき今日まで空回りを繰り返して来た。いざ誕生日がきて年齢を積み重ねてみると本当にこの虚無のまま大人になって行くのを感じ怖くなる。よくよく考えてみたら20歳になったら成人といわれるわけだし成人と言われるからには自分で全責任を持つものだと思う。今日まで何も成し遂げずにいきて来た自分にとって来年そうなると思うとひどく恐ろしく感じるしこんな成人があっていいのだろうかとも思ってしまい、実は素直に誕生日を喜べない自分もいる。同い年で大学行ったり会社に勤めたりする人はたくさんいて本当に偉いと思う。

 

まぁこれが今自分を振り返って思っていること全てでは有るがせっかくの誕生日だしこんなくらいことで終わりたくはない。こんな酷い自分だがよく言うと何もないと言うことはこれからなんでもできると言うことでも有ると思う。せっかくの19だし目の前には大学受験という分かりやすいゴールがある。まずは自分にできることは1つずつ片付けていきたいと思う。本当にもう一度受験をさせてくれている親に感謝の気持ちでいっぱいだし甘えて来た自分にも蹴りを入れたい。もう甘えるのはやめよう。そういう自分への戒めのためにもいい一年にしたい。

やるぞやるぞやるぞやるぞ!!!!!!!!!!

 

誕生日祝ってくれた人たちにはこの場を借りて感謝します。未熟で多分みんなには甘えるだけ甘えて何も還元できていないと思うけどまずは一人前の人間になれるよう最善の努力をしたいとおもいます。

 

2018/10/22  感謝を込めて。

 

オープンキャンパスに行ったこととかエトセトラ

8/4、立命館大学草津琵琶湖キャンパス(南草津/滋賀県)と8/5甲南大学岡本キャンパス(岡本/兵庫県)に参加するために関西地方に1人で乗り込んで来た話をしようと思う。かなり遊んだ部分もあったし勉強は皆無だったがかなり有意義な時間を過ごせた。

 

8/4は早朝4時半過ぎに家を出た。まだ外は暗く深夜が大好きな自分にとってはかなり興奮する時間だったし、大好きな京都にあまり時間は取れないとはいえ行けることに嬉しさを感じ家を出た。思えば1人で新幹線に乗るのは初めての経験だしかなり浮ついていた。6:03分東京発の8:18分京都着の便にのらなければいけないのにギリギリに家を出たのがよくなかったのか、駆け込み乗車みたいな感じで東京駅に向かい新幹線を待った。朝起きるとスマホの充電が7%だったこともあり、新幹線に乗る前の駅構内の売店でモバイルバッテリーの購入を考えたが先述した通りギリギリの出発だった故そんな時間はなく行きの新幹線では2時間音楽を聴いて凌いだ。できればここで向こうの交通費やうまい立ち回り方を検索しておかなかったもののかなりスムーズに移動できたのは良かったと思う。

 

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予定どうり8時過ぎに京都に着き、JR線に乗り換えて立命館大学草津琵琶湖キャンパスの最寄りである南草津駅に向かう。もちろんスマホのバッテリーがなかったので駅員にどの電車に乗ればいいのかを聴いて難なく南草津についた。 たった2.5時間で千葉から京都を経由して滋賀までこれるなんて鉄道の技術の進歩はすごいなぁとか思いつつコンビニでモバイルバッテリーを購入。やっとインターネットにつながった。やはり関西に来ると日本語が訛っていて旅してる感がすごいんだけどコンビニはその傾向が顕著に表れるというか、関西のコンビニ店員の訛り方のレベルは比じゃない気がする。完全に偏見だけど。南草津駅には立命館大学の兄さん姉さんが駅で待ち構えてるし、なんならに教授も駅の階段下でパンフレット配布してるし駅側は怒っていいのではと感じつつパンフレットを受け取りそのまま臨時で出ている市営バスに乗って立命館大学へ。10時から開始だったはずだが朝ごはんを食べてなかったので南草津駅の近くのマクドナルドで時間を潰していたのが功を奏したのかぴったりの時間にキャンパスに着いた。ニッコリ。

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これ以外に立命館大学の写真を撮らなかったのを後悔しているが自分が1人だということで好きなところを回り非常に有意義なであった。他の志望である情報理工学部では研究室見学を5人ほどの少数するグループで回れたのだが僕以外の4人が2人、2人の友達同士で来ていて気まずかった。来年落ちてくれれば嬉しい(すみません)。

キャンパスはめちゃ綺麗だったし無料でドリンク配布してたのでふふふ〜ん♩って感じで受け取りに行ったらどうやら先着順だったらしくなくなっていた。この怒りは墓場まで持っていくゾ!

 

情報理工学部の研究室ではTOYOTA製のロボットに大学の研究室で開発した人工知能を載せて物を取ってきたりできるロボットの開発していていて僕のやりたいことがそのままそっくり研究されていて俄然やる気が出て来た。その研究室では毎年RoboCupに出ていて何度も優秀賞を受賞しているらしい。うーん、とても良い。

その研究室の教授とも話して媚を売って来たので来年は落ちることがないと思う。信じてるからな。

 

追伸・朝ごはんをレストランで食べてたら隣の外国人がパスタまたながら日本食最高〜っつってて1億年分笑った

 

 

観光もしてきたゾ!

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京都のビックカメラには店内に京都駅ホームに直接入れる謎改札がある。これなん。(せっかくなので使った)
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プリパラをやるな🙃

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タイトル考えんのめんどくせ〜!魚になりたい。

久しぶりに書く。書くことが見当たらない。とりあえず1日24時間なのが許せない。24時間寝たら残り0時間だからだ。1日500000000時間くらいにしてほしい。

 

Twitterアカウントの退会申請をしていた。ただ頭が冷えたのか人が恋しくなったのかわからないが気づいたらTwitter再開していた。前もこんなことあったな〜。Twitterの悪いところだと思うけど退会申請したから速攻でアカウント削除してほしい。1ヶ月以内なら復旧できるよとかいう甘い規約作るから僕みたいな甘い人間が戻ってきてしまうのだ。まんまとTwitterのアクティブユーザー数にカウントされてしまった。ぐぬぬ

 

他にも書くのも、いきなりTwitterの退会申請をしていたのにもやはり理由があるわけで、タイムラインに犯罪を自慢するような頭悪いツイートが流れてきたのが決め手となった気がする。まぁ他にもたくさんあってちりつもみたいなところあるけどね。思えばブロックすればよかったと思うしそういう機能が備わってるんだから活用すべきだと思うけど精神的にやられていたこともありインターネットをきり離してしまった。人間やるときはやるもんだね。まぁでもやはり不快を感じたしそういうのはインターネットから消えてみんなで平和にやりたいと思うけど母数が多いから仕方ないのかな。そういうこと考えてるとまたなんかいらんこと考えそうなのでもう考えるのをやめてマンボウになって海を泳ぎたい。

 

また今日からぬくぬくTwitter再開してかと思うので自分らしく適当にクソどうでもいいことを垂れ流していきたいとおもう。ふぐ食べたい

夏休みが終わるので思うこととかそういうの

夏休みが終わりに近づき日中でも涼しいやん!とか浮かれていると次の日は毎度のようにクソ暑い夏日が顔を出して予備校に向かうだけでもテンションが下がってしまう。どうにかしてしてほしい。専門家ではないので詳しくはわからないけどやはりこんなに夏が熱くなったのは人類のせいなんだよなぁとか思う。思えば自分も無意識に環境に悪いことは行なっている者だと思うので反省したい。さてセンター試験まで150日をから本当に焦りに焦りを重ねているが今回はそんなことを書きたいのではない。まが毎回ネタが勉強関連のものが多いから少しだけもう少し日常的なものに触れて見たいと思う。 

 

その前に少しだけ自分語りをさせてほしいわけだが僕はコンピューターサイエンスが好きで大学でも勉強するつもりである。そのためか多分みんながTwitterをやっていないかなり初期の方からTwitterを使っていたし(所謂ギークなのでまだみんなが知らない間にネットで知った)、インターネッそのものが好きなのでTwitterだけじゃなく検索エンジンでネットサーフィンしたり時にはサイトを作ったり(実際運営してるものもある)所謂ひとりのオタクとしてやってきたが、最近はインターネットというかTwitterに疲れが出てきている気がする。もともとTwitterは勝手に自分の思うところをつぶやくために始めたところが大きい。つまるところ、本当の意味の”1人つぶやき”の場として始めたわけであり特別知らない他人に干渉するかはほとんどなかったのだがいつのまにか他人からの反応が楽しくなってしまい、有名人の言動1つ1つの挑発的な言及をしていることもあったと思う。そういうことはやっている間は楽しいがやらせる側からすると鬱陶しいことこの上ないと思うし、現に最近そういうものであるとか誰かを不特定多数の前で叩き上げるというツイートを目にするようになった。思えば自分も似たようなことを繰り返してきたのに今更手のひらを返すことになって自分でも滑稽だとは思うが、つまるところ今のTwitterはネガティブな言葉で溢れかえっている気がする。自分からは最近そういうものを発さなくなったせいかより一層強く感じるようになって、かなり心が消耗する。わからない人はわからないと思うが最近Twitter_USAがUserstreamという機能の提供を廃止した。このこともありさらにTwitterがつまらなく感じているところもある。ここらで潮時なのかもしれないと思い、少し更新を意図的に滞らせたこともあるが気質なのか、すぐ戻ってくる。うーん、困ったものだな。

兎に角最近のTwitterは負の感情が渦巻いていると思っているし他人の何気ない(多分無意識)ツイートで心を消耗することが増えてきたが、まさか僕がその人にツイート規制をかけられるわけがないし、そもそもそういう場所であることは間違いないのだからしょうがないのかなぁ。とは思う。やはりインターネットは使い方次第でどうにでもなるのだなとのご教授をいただけた。ネットは良くも悪くも他人の意見が簡単に取得できてしまいそこがメリットでもデメリットでもあるわけだが多分自分は人一倍他人人の意見に敏感な方だとは自覚しているので、自分に向けられた言葉だと分かった上でもネガティブな言葉には嫌な気待ちになってしまうし本当に少しTwitterから身をを引くべきなのかもしれない。多分自分には気の知れた人だけが集まる小さなコミュニティでワイワイするのが好きなんだろうな。かつてのLINEのタイムラインのように。

言い訳と正当化

僕は今までかなりの言い訳と自分の正当化をしてきた。要はやりたくないことからは逃げ、それを正当化してきたのだ。おそらくこれはほとんどの人間がしていることである。多分僕だけではなくこんな経験をしてきた人はごまんといるだろう。でもその結果得られたものは何もなかった。これはあくまで僕の場合ではあるが、得られたものなど自分を蔑む醜い感情でしかなかったのだ。

 

前にも少し書いたことがあるが、僕の言い訳と自分の正当化は小学生の時から始まっていた。みんながしっかり出していた計算ドリルを見て見ぬ振りして提出せず、授業のノートもとらなかった。それでも、小学生としても勉強は比較的誰でも理解しやすく忘れにくい簡単な内容しかでなかったし、英語も中学から始まるようは本格的なものではなく、ALTの先生と言葉遊びをするような、全く考えないでいい、友達と遊ぶことの延長線みたいなとこしかしなかったからそれでもテストで満点は行かずともそれなりに高得点は取れていたので問題視することもなかった。今になってそれが気になったので最近、高卒で就職した人に小学生の時のテストの点数を聞いて見たのだが、やはりどの人も小学生時代のテストでは得点が取れていたのだ。(悪い言い方で申し訳ないが高卒=勉強してこなかった人だと認識しているので)

 

中学に上がると僕もそうなのだが、なぜかとたんに点数が取れなくなる。小学生時代に勉強をあまりしていないとしても、それなりの高得点を取れていたので基礎は出来ていたはずだった。それなのに何故か最初のテストで平均50点くらいになっていた。今になって理由はいくつか考えて見たが、テストの内容がより思考力を問う問題形式になっていた気がする。センター試験を受けたことがある人ならわかるだろうが、大門の中の問題が、前の問題の答えをヒントにして次の問題を解くような問題が増えたことが理由の1つとして挙げられる気がする。2つ目にテスト自体の印象が変わった。小学生の時は大きな一枚のテストが配られ、イラストが綺麗に色が塗られていて、終わった人から立ち上がって教卓の前の箱に入れていいルールだったが中学に上がってからはチャイムの同時にはじめ、次のチャイムがなるまで席を立つことは許されなかった。問題自体も白黒のわら半紙になりとても無機質で硬い印象になった。目が精神に与える影響は計り知れないというがその傾向が顕著にでていたのではないかと思う。

 

少し話がずれたが、このようにレベルが上がっていくに連れて、最初のスタートラインは同じでも歳を重ねていくごとに差が開いていった。そこには一体なんの違いがあったのだろうか。

 

僕はここにはシンプルに「逃げたか、逃げなかったか」の違いがあったと思う。もっと簡単にいうと「歯を食いしばって頑張ったか、そうでないか」である。小学生の時はどの人も同じような点数を取り、ある程度の水準までは達していたはずなのだ。つまり基礎学力はあったはずなのである。それが中学に上がりレベルが上がると分からなくなり嫌になり投げ出した。それを問題が難しいからと理由をつけて。これが逃げでなかったらなんなのだろうか。高得点を中学になっても取り続けていた人は確かにいたし、その人は軒並みレベルの高い高校に進学していった。一方自分を含め逃げた連中は行ける高校しか選択肢がなかった。もちろんそれでいい人もいると思うしそれ自体を否定する気はさらさらないが、事実としてそういうことはあったし、その結果に満足いかない人は圧倒的に多いはずだ。勉強流行ればやるほど結果に出る。やったのに結果がでないなんてよほどのことがない限りありえないし学校の先生は確かな道を示してくれていた。

 

 

今、僕は浪人をしている。つまり無職である、ニートである。今年行きたい大学に受からなかったからまた一年やり始めた。僕の根底には小学生の時から滞りなく積み重ねてきた醜い「怠惰」があり、それと同時にいい大学に行っていい思いをしたいという「理想」がある。ここ3ヶ月はこの2つが自分の中で渦巻いていて精神的に辛かったが最初は落ち着いている。もう割り切っているし浪人してよかったとも思っている。親にも感謝しているし予備校に行かせてもらっている素晴らしい環境がある。今まで自分が積み上げてきた自分の嫌なところを省みると気が滅入ってしまうし精神的に辛いけど、そんな自分を蹴散らしてやろうと思って勉強している。正直なところ今の自分の原動力は大学に受かりたい気持ちではなく、自分の嫌いなところを蹴散らしてやろうと思ってやっているところが大きい。18年間生きてきて頑張ったことなど一度もなかった自分を恨んでいる。もう少したくさん経験をしていればこんな結果になっていなかったかもしれない。だが、そんなことを今考えていても過去は取り戻せない。だから今頑張りぬこうと思う。その結果、また行きたい大学に受からなくても僕は満足すると思う。

 

最後に、僕と同じように妥協してきた人がこれを見ていたらなんの参考になるかはわからないが、偉そうなことを言ってみようと思う。

 

頑張ることは自分が思っていたよりいいことです。毎日が今とても充実しています。あなたが今大学にいようが、社会に出ていようが、ニートをやっていようが、そんなことは僕にはどうでもいいし関係ないことだとは思いつつ、やはり同じような生き方をしてきてしまった人たちには何か言っておきたい。もしも今何か成し遂げたいと思っているならば行動に移せ。別になんだって構わないがとにかくやろうと決めたことを馬鹿みたいに何度も繰り返すべきだ。今までそれができなかったんだから今度こそそれをやり抜け。きっと違う結果が得られると思います。

 

日本人は働きすぎだとかどうとか言われているが、いい環境ではあると思う。別に勉強したくてもお金がなかったら、高校には行かずに代わりに書店で参考書を一冊買って完璧にすれば高認試験には受かり、高卒者と同等の学力があるとみなされ大学受験資格も得られます(ちなみにレベルは教科書の基礎レベルなのでしっかりやれば誰でも受かります)。自分が受験生なのでどうしても勉強に置き換えた話しかできませんが、他のことだって割となんでもできると思う。「失敗するのが怖いから」とかふざけたこと言ってると、今度は人生失敗するぞ。

 

よく言われることだが「世界には勉強したくてもできない人がある」「世の中には食べるものがなくて死にそうになってる人がある」とかそんな言葉は嫌になる程聞いていて、脳に刷り込まれているはずだし、実はそんなことみんなわかってる。分かっているけど目の当たりにすることがないからどうもイメージしづらく日本の恵まれた環境にいることが普通になっているんだと思う。だからこそ、小さい頃から何かしらの努力を積み重ねてきた人は本当にすごいと思うし、おそらく僕が大学に入り、社会に出てずっと努力し続けても、その人たちもずっと努力し続けるわけで、一生その人達と肩を並べることはないのだろうが、少しでも近づけるように頑張りたいと思う。

 

再三言うようで申し訳ないが、どうしても僕は勉強に紐付けてこういうことを説くことしかできないが、なんだって構わないと思う。今でも言い訳と正当化を繰り返してきた人はもうそんなくだらないことはやめて一度だけでも頑張ってみてください。僕も頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

2ヶ月半経ったので。

最近忙してくて頭の中がりゅうちぇるになっていたし、こうして文字に起こすのは久しぶりで前回何を書いたか忘れたので見てみたらなかなか酷いことを書いていて我ながらよくやったなぁと思う。

 

予備校が始まって2ヶ月半経つわけだが、なかなか成績が上がらない。現役の時より知識は増えたはずだし実感はあるのだが...。浪人生は成績が伸びないというのは本当だったのか。全身の毛穴から涙が止まらない。とりあえずやるしかないのでもがいてみようと思う。

 

予備校の先生も言っていたが、実は東大に行った人だって「将来やることないけどとりあえず将来の幅が広がりそうな大学」ってだけで選んだ人が多いらしい。確かに考えてみると自分の周りでもやりたいことが決まった上で大学を受験した人が少なかったように感じる。浪人してから親と時々、勉強することの意味みたいなテーマで話をすることがあるのだが、昔からどうやら「大半の大学生にとって就職するまでの猶予期間の延長を目的で行く人が多く、卒業してから業種を決める人が多いらしい」親が言うには文系にそう言う傾向があるとか。自分が通っていた高校のレベルが高いわけではないので推薦で大学に行った人が多い(推薦入試の良し悪しを言っているのではなく。)が、そのような傾向は確かにあった気がする。進学校は知らない。クソして寝ろ。

 

うーん、そもそも高校中に勉強しろって言うだけ言って、大学でいきなり専門科目勉強しろって言われても僕のようなやりたいことが決まってる人以外困惑してしまうのも無理もないし実際のところやはりそう言う人が多いと思う。これは高校のレベル関係なくね。むしろ、進学校に通っていた人の方が、人生の岐路にいきなり立たされて絶望している割合は多いのかもしれない。日本もどっかの外国みたいに1年や2年の猶予を設けるべきだと思う。大学の授業料ってバカにならないのに、とりあえず入りました。だと大学のランクも下がるし学生側のメリットもないので両方損しかしない気がするのだが...。みんな浪人すればいいのでは?(名推理)

 

センター試験まであとちょうど200日らしい。なんだか二度目のセンター試験に愛着が湧くまである。来年はセンター試験廃止されるしありがとうやでほんま。

 

うーん、書くことがない。そもそも勉強しかしてないので勉強の話しかできない。うーん、書くことがないから更新を滞っていたのだがいよいよ書くことがなくなってきた。ストレス発散で始めたものであるがネタがないとストレスのはけ口にもやらないので困ってします。なんでもいいので何かお題くれたら書きます。多分。見てくれてる人がいたらね。

 

とりあえず夏休みだな、勝負は。明日からまた勉強以外では適当に僕はのほほんと生きていきますのでどうかみなさんも風 病気とかに気をつけて適当に生きてくださいね、

 

久しぶりに会った人から割と学んだ話

こんばんわ。またNEWSの人が悪いことをしたNEWSが入ってきました。ニッコリ。

こんなことばっか言ってるといつか背中からジャニーズファンに刺されて死ぬかもしれませんが

来年の私立大学受験までは死ねない。

 

さて、今日は体調が悪く予備校に自習しに行くのをやめて家で少しずつ勉強を積んでました。

昼過ぎにある人から連絡が。ここ2年くらいあってないですが茨城県に住む知り合いの女性(18)と会う機会に恵まれました。なぜか知らんが幕張に用があったから船橋によってくらしい。道理で今日地震が多発していたわけだ。専門家も千葉を中心とした巨大地震がくるおそれがあるとネットニュースになっていたがどうやらそういうことらしい。本当勘弁してくれ。

 

1時に集合して、昼ごはんを食べに行きました。なんかクソおしゃれなカフェに連れていかれて久しぶりに人に優しくしてもらったので涙が出ました。

 

久しぶりに会ったので少し緊張しつつ世間話したり、自分が浪人生であることと童貞であることをぶちまけたら爆笑されました。お前ほんまほんまお前お前ほんまお前。絶対センター試験の願書家に送りつけてやるんだからな。

 

そんなクソみたいな話をしつつおごってもらったパフェを食べつつ久しぶりだなーとかほんとRPGの村人Aのテンプレみたいに同じような話を繰り返す彼女を見てぼくはなんとも言えない気持ちになった。どうやら彼女は第一志望の大学に無事受かりとある私立大学に在籍しているらしい。パフェをおごる余裕の財産をもつ女子大生とほぼ無一文の浪人生。終始罰ゲーム感が否めなかった。だが話を聞いていると彼女もなんとか大学に受かったけど本当に辛かったらしい。聞いてもないのに勝手に語り出した。まだそれが続いてるぼくの身にもなって欲しいと思いつつ、パフェを食べる機械になっていた。

 

ここで少しだけ特定がからない程度に彼女の話をすると、茨城県のとある街に住む同い年の女性である。小学生の頃に知り合ったが中学校から茨城県に引っ越し、たまに連絡を取り合うくらいの仲で女性の付き合いが皆無な自分にとってはそれだけでも十分仲の良い異性だった。どうやら幕張と東京に遊びに行くからついでに船橋によったらしい。これが大学生の余裕か。ちなみに彼氏がいるらしい。本当にぼくはなんとも言えない気持ちになってジュースを啜るマシーンになってしまった。

 

あらかたクソみたいな世間話をした後彼女は、高校時代が本当に嫌だったといい少しだけ体験談を聞かせてくれた。ぼくも高校はいった意味がない(本当にすみません)と思っているし周りの人で同じような心境の人に初めて会ったのでこの瞬間だけ機械から人間に戻っていた。

 

彼女は茨城県のとある進学校出身であった。小学生の頃から頭良かった気はしたものの、小学生のテストは基本お絵描きすれば高得点が取れるものでぼくでも高得点を叩き出していた気がするし彼女は中学校から別になったため確信はないが進学校を出てることは本当なのでどうならそういうことだろう。

 

彼女はいわゆるいじめを受けていた。中学ではそうでもなかったが高校になって顕著になったらしい。本人から特定されないのなら内容は任せるとのことなので彼女から聞いたことを出来るだけ書きたいと思うが、最初はよくあるインターネット上での嫌がらせらしい。同じ部活の先輩から「異性に色目を使っているなどの、『ありもしない事』を言われた」らしい。詳しく聞くとたしかに好きな先輩にアプローチしていたらしい。

 

...いや、ありはするんじゃねぇか。とメロンソーダを啜っていた。

 

最終的に部活はやめたが今度は部活を辞めた事を口実に暴力はなかったが噂を立てられたりしたらしい。結果彼女は少しの不登校になり高2の冬からは始めた受験勉強もほとんど身が入らずじまいだったらしい。彼女が立ち直れたのは今お付き合いしている彼らしいが、当時彼女は心身ともにボロボロで学校に行く意味がわからず家に早く帰ると親が心配するからと(親が勧めてくれた部活だったため部活やめたことは親には内緒だったらしい)意味もなく遅くまで隣町に行ったりしていたらしい。

 

大変だったなぁ。でも今は立ち直れてしっかりしてるなぁ。と思いつつやはりメロンソーダを啜っていた。

 

そこから先は省略するがあれこれあって立ち直れたらしい。それでもやはり学校に行く意味は分からなくなったし、卒業してもやっと卒業できたという感じしかしなくてむしろ清々しかったと彼女は言った。ここで終わりかと思い『よぉ〜し、カッコつけて慰めちゃうぞ〜!』と意気込んでいた、今度はコーラを啜っていた僕が口を開こうとした矢先、彼女が一言、

 

〝自分のこと好き?〟

 

と聞いてきた。びっくりした。リアルで、三次元の世界でこんな事を聞いてくる天然記念物級の人間がいたことに開いた口が塞がらなかった。こんなくさいセリフを言うのはどこかドラマや漫画の世界のタバコを吸ってる50代のダンディーなおっさんが吐くセリフであると認識していたため、なんて返答すればいいかわからなかった。昔はいじめられていたとはいえ今は明るくはなさ彼女の仕草からいきなりこんな重い言葉がでてくるとは思いもしなかったからだ。今思うときっと彼女はこの一言を聞きたかったために出来るだけ明るいムードにしようと僕の浪人生活や童貞のことをいじってきたんだろう。だとしても許さないけどな。センター試験の願書は必ず送る。

 

僕はありのまま自分自身のことを話した。彼女が経験してきた辛いことを踏まえた上でできるだけポジティブに受け取ってもらえるように言葉を選んだつもりだった。でも僕は自分自身を好きではないので言葉を選んでもどうしてもネガティブな言葉が入ってしまう。彼女はそれを察したようにすこし悲しい顔をしながら「それを思えることは素晴らしいことなんだよ」と言ってきた。

 

意味がわからなかった。本当に。僕が自分のことがあまり好きではないが頭はそこまで悪くない。人間ならば誰でも自分を好きでありたいと思うものだと思っているし僕だってできるだけ好きになれるようにしたいと思ってきた。なのに彼女はそう思えることすら幸せだと言う。彼女はそこから先を語らずまた大学生活の他愛もない話をし始めた。

 

もうコーラのことなど脳内になかったし、それからの彼女の話はほとんど頭に入っていなかった。が今思うと、いじめられて感情がなくなった彼女はきっと自分のことを好きだとも嫌いだとも思えない暗闇の中を彷徨ってきた人種なんだと思う。彼女の言ったことが理解できないのはいじめを経験してない僕からすればそれが当たり前の話で、理解しようとしてもできないものであると思う。

 

こんな感じで彼女と久しぶりに2時間ほど話をして別れたがこのブログを書いているよう今でさえ、今日の昼、彼女が放った一言の意味を考えている。おそらく理解しようとするだけ無駄なことではあるのだろうがそれでも考えずにはいられない。だって自分は悪くないのに他者に貶められ自分を愛することも嫌いになることもできない体になってしまったのだ。彼女は今自分を愛してくれる彼氏がいて、彼のことは愛せても自分のことは愛せないと言った。そう思うと自分のことが嫌いでも愛せる気がした。

 

最後になるが僕はいじめは無くならないと思う。それは昔はせいぜい人目の触れにくいところで実行されて今ものが、インターネット上でも不特定の人からある日いきなり人目がつかないところで死角からナイフで刺されるかのように突然襲ってくるものだからだ。こういっては不謹慎だが彼女はまだいじめの主犯が特定できていた。だが今の時代、いじめは水面下で起こっている。いじめを認知できない以上、無くすことは物理的に不可能だし、だからこそいじめが増加していると思う。インターネットはいじめを助長すると発言している人をみるとそう言う側面から見るとあながち間違っていないようにも思える。

 

彼女は最後に「いじめられてる人は恥ずかしがらずに周りの人に助けを求めて欲しい。遅くなればなるほど自分自身もいつかいじめてしまう」といっていた。それは誰にも助けを求めることができず誰かが発見してくれるまで1人で耐、自分をなくしてしまった彼女が語ったことである。いじめがなくないという事実がある以上周りが少しづつでもアンテナを伸ばして周りに気を使うべきなのかもしれない。

 

彼女は最後に僕にこう言った。

『はやく童貞卒業しろよ。』と。

見上げた船橋の空はあるで僕の心を写すかのようになんとも言えない曇り空をしていた。

帰って枕を濡らしたことは言うまでもないだろう。絶対センター試験の願書送ってやるからな。