1年間の総括

今、この1年間を振り返りながら記事を書いている。

読者諸君からすれば私の進路なんて惹きつけられるものではないし私からしても読者諸君の処遇なんて心底どうでもいい事に過ぎない。ただ応援してくれる人がいたとするならば今の私が許せる程度ではあるが事の顛末について触れるべきだろう。そしてこれから浪人を迎える読者がいるかもしれない。拙いが私の感じたことについても言及したいと思う。どう言い方を濁しても辛気臭い話にしかならないので賢い読者諸君はブラウザバックしてYoutubeでも楽しむことを推奨しておく。冒頭でも言ったが”どうでもいい私の進路"に過ぎないのだから。

 

 

長くなる。

 

 

私は2度落ちた。

つまり日本の最高学府である大学という教育/研究機関の入学試験に現役と浪人合わせて2度落ちた。いや、2度落ちたというのはあくまで”第一志望に”という意味でありその他を含めば周りと比べてもかなりの数の大学から不合格通知を頂いた。幸い2度の入学試験を経験して特待生という形で合格をいただけたわけなのだが(大学名は明かさないこととする)正直なところ納得はしているが満足はしていない。ただ私の大学入学試験が終わりを迎えたことには代わりはないのだ。今は前向きな気持ちでいる。

 

私は弱い人間である。おそらく適当に道ですれ違った人のほうが1つのこと情熱を傾ける能力は長けているだろう。昔からそうなのだが私はなんでもやろうとする。何でもやろうとするあまり本質を見失って結局何がしたいのか分からなくなり自暴自棄になる。

自分でもコントロールが効かなくなり全てから逃げる癖があり人にあたる。その人の悲しそうな顔を見たあと冷静になるととたんに自分が気持ち悪くなり吐きそうになった。本気で病院にいこうか迷ったことさえあった。

 

受験勉強という狭い空間に耐えられなくなり勉強をしなくなった期間があった。現役生であった高3の11月のことである。同じ学校に通っていた読者ならもしかしたら覚えているかもしれないが放課後一目散に学校を出て塾に通っていた。みんなが私を見て褒めるものだから馬鹿な私はそれさえ優越感を感じ人より勉強したつもりだがつもりに過ぎず成績は上がらずに自暴自棄になった。何で私は他の誰より勉強しているはずなのに成績が上がらないのか。もともと浪人を視野に入れていたがなかなか決めきれずにいたがこれが決め手となって浪人を決めた。おそらく日本中で一番早い浪人決意の瞬間だっただろう。それから私は11月の時点で塾の先生に断りをいれ2週間の休養をとった。

 

当時の私には浪人を決めた時点で今年の入試は諦めていたしそんなっことより精神をどうにか正常に戻すことが最善にすべきことだった。ズタズタになったプライドは簡単に癒える事はなくむしろ休養をとればとるほど余計に傷ついた気すらした。もう今年の受験は諦めたはずなのに周囲の人間や机の上に散らばった参考書が私を睨んで離さなかった。-どうして勉強しないのか。そんなんじゃ親が悲しむぞ。と参考書の文字は私に説教していたし、何も知らない学校の先生は一般受験に望む私を相変わらず激励していた。

 

精神的に完全に参っていた。そもそも勉強に真面目に取組んだことがないのだ。そして挫折した。賢い読者諸君ならば高校3年生ともなれば勉強の要領は分かっていると思うが私にはまるっきり分からないブラックボックスだったのだ。四方を真っ暗な闇に囲まれあっけなく敗北した。勝ち筋がまるで見えなかった。インターネットで分かりやすいと評判の参考書も私にしてみれば大学の分厚い専門書のような専門用語で埋め尽くされ見るだけで辛かった。

 

2週間私は運動を積極的にしたり崩れていた睡眠を整えたりした。普段はお笑いを見ないのだが気休めになればいいとTSUTAYAでバラエティーを借りて視聴してみたりした。これらは少なからずいい方に影響してくれて少しずつ精神が安定してきてちょうど2週間たったあたりにはなんとか机に向かえるくらいまで回復していたと思う。親は何も言わなかった。もしかしたら休養をとっていることは知らなかったのかもしれないがおいしいご飯を作ってくれた。本当に助けられたと思う。

 

そんなこんなで受験当日を向かえた。今でも覚えている。あれは雨降る2年前の東京だった。地元の駅では通勤ラッシュでサラリーマンが少し遅延した電車にため息を吐きホットコーヒーを自販機で購入した。不安と人ごみに押しつぶされそうになりながら辿り着いた会場ではまったく解法が思いつかない数学に苦しめられ、その日の雨上がりの曇天模様のような気持ちで会場をあとにした。後日、正真正銘私の人生で初めて不合格通知が渡された。いまでもこの不合格通知はとってある。理由は分からないがなぜか手放すことができないのだ。見るだけであのときの気持ちがよみがえり気が引き締められる。恥ずかしい話だが不合格通知がおまもりになって今の私を支えてくれている。そう思うのだ。

 

以上の経緯より2018年2月中旬、-つまりほとんどの受験生が受験真っ只中のなか河合塾の門を開いた。あまりの速さに河合塾側も少し困惑していた。当たり前だ。まだ私立の前期入試過程真っ只中なのだ。私にとっては描いていた通りに物事が進んでいたこともあり特別おかしくは思わなかったのだがやはり珍しかったようである。

 

浪人生生活自体は充実していたと思う。ただ繰り返すようだが私は弱い部類の人間だろう。そして体験から1度罠に嵌るとなかなか抜け出せないこともわかっていた。10月くらいだろうか。いや11月のはじめだろうか。つまり秋の初めに私はまたあっけなく敗北した。

 

ああまたこれだ。勉強しても勉強しても成績が上がらない。親が怒る。寝るのが怖くなって睡眠不足になる。朝起きれずに一限に出席しなくなる。ただでさえ分からないところが蓄積されていく。自分が嫌だ。才能も自身もやる気もなくなり無力になった私は成すすべなく予備校をサボることもあった。本当に辛かった。勝てる戦いならいいがまるっきり勝てそうにはなかった。これ以上やってもお金を無駄にするだけではないのか。そもそも私は浪人に向いてないのではないか。どうして私は河合塾の授業に、自習室にいるのだ。周りは躍起になって勉強に励んでいる。大げさな話だがまるで本当に私だけ世界に置いていかれたような心地がした。そうしてまた私は休養をとった。

 

ただいくら馬鹿な私でも一つ分かることがあった。幾度も経験してきたことだ。どんなに馬鹿でも学習能力はある。なんとかやる気を取り戻そうとインターネットで調べた。本を読んだりもした。 しょせん人間の体なんてアミノ酸が複雑に絡み合って形成したたんぱく質が寄り合って出来た機械だ。医学についてはくわしくないが好きな化学で得た知識で幼稚だがあえてそういう捕らえ方をしバランスのいい生活を心がけた。食事を野菜中心にしまた運動を始めた。受験生ではあるが現役生よりは時間がある。少しくらい運動したって構わないだろう。毎度のことながらそのときの私にとっていかに早く勉強が出来るからだに戻るかのほうが重要だったのだ。

 

経験は宝だ。今回は4日ほどで安定した。私は勉強はからっきし駄目だが幾度も目の前に立ちはだかった困難を乗り越えた。小さいがたくさんの成功体験を生んだ。やればできるのだ。自分には才能がないのではない。時間がかかるのだ。そしてそう簡単に目の前に成果として現れないのだ。私には分かる。結局勝たなければいけないのは受験でも周りの人間でもなく突き詰めれば結局はすべて私自身であるのだ。

 

こうしてやりきった。文字通り終わったのだ。結果はどうであれ合格通知をいただけた。初めて受け取った合格通知に刻まれた私の名前はなんだか誇らしく一日に何回も見てしまう。特待生として迎え入れてくれることになった某大学には最大の敬意を表したい。なんせえ小学生のときから勉強したかった勉強が出来る。そしてそれはきっと私の職業になるだろう。何回も負けたがただ一度だけ勝てた。勝率なんでどうでもいい。その事実だけが今の私にとって唯一の誇りである。

 

 

 

以上が私なりの稚拙だが思うところ全てである。読者諸君にどう映ったかはわからない。おそらく大半はつまらないと思っただろう。それでもいいい、ただ浪人生という人生にとってイレギュラーな時期を過ごした私の想いが伝わったのならばこの長い文章を書いた意味になる。それだけで十分なのだ。

 

最後に私を信じ支えてくれた両親にもこの場を借りて感謝したい。普段はなんだか恥ずかしくてなかなか言えないのだが家計が苦しい中考えてくれた母親、一生懸命働きアドバイスをくれた父親にもこの場を借りて感謝したい。そしてここまで読み応援してくれた読者諸君にも感謝しよう。私は自分で振り込んだ大学の1学年時の学費の100万円の重さを一生忘れることはないだろう。

 

最大の敬意と感謝を込めて。

 

 

19歳になりました。

毎日じゃなくても少しつづつけようと思っていましたがまた長いこと更新できなかった。

まぁそんなに気張らなくてもいいのかもしれないけどやはり自分の気持ちを文字にすることはとても落ち着くとなので続けていきたいと思う。見ている人は少ないとおもうけど。いや、そうことではなく、ね

 

さて、今日10/22を持って19歳になった。まぁ浪人してる身であるしセンター試験まで100日を切っているわけだがこう言う日はちゃんと気持ちを綴っておかないと後で書くことに迷いそうだから書いておくことにする。

 

例えば小学生の時は家の目の前の道を登下校する学ラン姿の兄ちゃんをみて憧れたし、中学では自転車や電車に乗って通学する高校生に憧れた。今はと言うと高校卒業したけどまた性懲りも無く同じように大学生に憧れて日々勉強している。思えば19年間別に何をしたわけでもなく周りに流されまた自分にも他人にも甘え流れて流れてなんとなく生きて来た気がする。世間ではなにかと「平成最期の○○だ」とか言ってキャンペーンするなり新商品売りつけたりだの、よくやるなぁと思いつつこうして自分も平成最期の秋かつ10代最期の年がやってきたので有る。

 

いつもやりたいことは頭の中にあってどうしたらやれるだろうかと考えてはみるものの、そのほとんどが実行に移されることはなくまた頭の中だけの空想ばかりが溜まっていき今日まで空回りを繰り返して来た。いざ誕生日がきて年齢を積み重ねてみると本当にこの虚無のまま大人になって行くのを感じ怖くなる。よくよく考えてみたら20歳になったら成人といわれるわけだし成人と言われるからには自分で全責任を持つものだと思う。今日まで何も成し遂げずにいきて来た自分にとって来年そうなると思うとひどく恐ろしく感じるしこんな成人があっていいのだろうかとも思ってしまい、実は素直に誕生日を喜べない自分もいる。同い年で大学行ったり会社に勤めたりする人はたくさんいて本当に偉いと思う。

 

まぁこれが今自分を振り返って思っていること全てでは有るがせっかくの誕生日だしこんなくらいことで終わりたくはない。こんな酷い自分だがよく言うと何もないと言うことはこれからなんでもできると言うことでも有ると思う。せっかくの19だし目の前には大学受験という分かりやすいゴールがある。まずは自分にできることは1つずつ片付けていきたいと思う。本当にもう一度受験をさせてくれている親に感謝の気持ちでいっぱいだし甘えて来た自分にも蹴りを入れたい。もう甘えるのはやめよう。そういう自分への戒めのためにもいい一年にしたい。

やるぞやるぞやるぞやるぞ!!!!!!!!!!

 

誕生日祝ってくれた人たちにはこの場を借りて感謝します。未熟で多分みんなには甘えるだけ甘えて何も還元できていないと思うけどまずは一人前の人間になれるよう最善の努力をしたいとおもいます。

 

2018/10/22  感謝を込めて。

 

オープンキャンパスに行ったこととかエトセトラ

8/4、立命館大学草津琵琶湖キャンパス(南草津/滋賀県)と8/5甲南大学岡本キャンパス(岡本/兵庫県)に参加するために関西地方に1人で乗り込んで来た話をしようと思う。かなり遊んだ部分もあったし勉強は皆無だったがかなり有意義な時間を過ごせた。

 

8/4は早朝4時半過ぎに家を出た。まだ外は暗く深夜が大好きな自分にとってはかなり興奮する時間だったし、大好きな京都にあまり時間は取れないとはいえ行けることに嬉しさを感じ家を出た。思えば1人で新幹線に乗るのは初めての経験だしかなり浮ついていた。6:03分東京発の8:18分京都着の便にのらなければいけないのにギリギリに家を出たのがよくなかったのか、駆け込み乗車みたいな感じで東京駅に向かい新幹線を待った。朝起きるとスマホの充電が7%だったこともあり、新幹線に乗る前の駅構内の売店でモバイルバッテリーの購入を考えたが先述した通りギリギリの出発だった故そんな時間はなく行きの新幹線では2時間音楽を聴いて凌いだ。できればここで向こうの交通費やうまい立ち回り方を検索しておかなかったもののかなりスムーズに移動できたのは良かったと思う。

 

f:id:Takeda_article:20180807183407j:image

 

予定どうり8時過ぎに京都に着き、JR線に乗り換えて立命館大学草津琵琶湖キャンパスの最寄りである南草津駅に向かう。もちろんスマホのバッテリーがなかったので駅員にどの電車に乗ればいいのかを聴いて難なく南草津についた。 たった2.5時間で千葉から京都を経由して滋賀までこれるなんて鉄道の技術の進歩はすごいなぁとか思いつつコンビニでモバイルバッテリーを購入。やっとインターネットにつながった。やはり関西に来ると日本語が訛っていて旅してる感がすごいんだけどコンビニはその傾向が顕著に表れるというか、関西のコンビニ店員の訛り方のレベルは比じゃない気がする。完全に偏見だけど。南草津駅には立命館大学の兄さん姉さんが駅で待ち構えてるし、なんならに教授も駅の階段下でパンフレット配布してるし駅側は怒っていいのではと感じつつパンフレットを受け取りそのまま臨時で出ている市営バスに乗って立命館大学へ。10時から開始だったはずだが朝ごはんを食べてなかったので南草津駅の近くのマクドナルドで時間を潰していたのが功を奏したのかぴったりの時間にキャンパスに着いた。ニッコリ。

f:id:Takeda_article:20180807184100j:imagef:id:Takeda_article:20180807184106j:image

これ以外に立命館大学の写真を撮らなかったのを後悔しているが自分が1人だということで好きなところを回り非常に有意義なであった。他の志望である情報理工学部では研究室見学を5人ほどの少数するグループで回れたのだが僕以外の4人が2人、2人の友達同士で来ていて気まずかった。来年落ちてくれれば嬉しい(すみません)。

キャンパスはめちゃ綺麗だったし無料でドリンク配布してたのでふふふ〜ん♩って感じで受け取りに行ったらどうやら先着順だったらしくなくなっていた。この怒りは墓場まで持っていくゾ!

 

情報理工学部の研究室ではTOYOTA製のロボットに大学の研究室で開発した人工知能を載せて物を取ってきたりできるロボットの開発していていて僕のやりたいことがそのままそっくり研究されていて俄然やる気が出て来た。その研究室では毎年RoboCupに出ていて何度も優秀賞を受賞しているらしい。うーん、とても良い。

その研究室の教授とも話して媚を売って来たので来年は落ちることがないと思う。信じてるからな。

 

追伸・朝ごはんをレストランで食べてたら隣の外国人がパスタまたながら日本食最高〜っつってて1億年分笑った

 

 

観光もしてきたゾ!

f:id:Takeda_article:20180922000701j:image
f:id:Takeda_article:20180922000707j:image
f:id:Takeda_article:20180922000745j:image
f:id:Takeda_article:20180922000741j:image
f:id:Takeda_article:20180922000754j:image

京都のビックカメラには店内に京都駅ホームに直接入れる謎改札がある。これなん。(せっかくなので使った)
f:id:Takeda_article:20180922000750j:image

 

プリパラをやるな🙃

f:id:Takeda_article:20180922001411j:image

 

 

 

タイトル考えんのめんどくせ〜!魚になりたい。

久しぶりに書く。書くことが見当たらない。とりあえず1日24時間なのが許せない。24時間寝たら残り0時間だからだ。1日500000000時間くらいにしてほしい。

 

Twitterアカウントの退会申請をしていた。ただ頭が冷えたのか人が恋しくなったのかわからないが気づいたらTwitter再開していた。前もこんなことあったな〜。Twitterの悪いところだと思うけど退会申請したから速攻でアカウント削除してほしい。1ヶ月以内なら復旧できるよとかいう甘い規約作るから僕みたいな甘い人間が戻ってきてしまうのだ。まんまとTwitterのアクティブユーザー数にカウントされてしまった。ぐぬぬ

 

他にも書くのも、いきなりTwitterの退会申請をしていたのにもやはり理由があるわけで、タイムラインに犯罪を自慢するような頭悪いツイートが流れてきたのが決め手となった気がする。まぁ他にもたくさんあってちりつもみたいなところあるけどね。思えばブロックすればよかったと思うしそういう機能が備わってるんだから活用すべきだと思うけど精神的にやられていたこともありインターネットをきり離してしまった。人間やるときはやるもんだね。まぁでもやはり不快を感じたしそういうのはインターネットから消えてみんなで平和にやりたいと思うけど母数が多いから仕方ないのかな。そういうこと考えてるとまたなんかいらんこと考えそうなのでもう考えるのをやめてマンボウになって海を泳ぎたい。

 

また今日からぬくぬくTwitter再開してかと思うので自分らしく適当にクソどうでもいいことを垂れ流していきたいとおもう。ふぐ食べたい

夏休みが終わるので思うこととかそういうの

夏休みが終わりに近づき日中でも涼しいやん!とか浮かれていると次の日は毎度のようにクソ暑い夏日が顔を出して予備校に向かうだけでもテンションが下がってしまう。どうにかしてしてほしい。専門家ではないので詳しくはわからないけどやはりこんなに夏が熱くなったのは人類のせいなんだよなぁとか思う。思えば自分も無意識に環境に悪いことは行なっている者だと思うので反省したい。さてセンター試験まで150日をから本当に焦りに焦りを重ねているが今回はそんなことを書きたいのではない。まが毎回ネタが勉強関連のものが多いから少しだけもう少し日常的なものに触れて見たいと思う。 

 

その前に少しだけ自分語りをさせてほしいわけだが僕はコンピューターサイエンスが好きで大学でも勉強するつもりである。そのためか多分みんながTwitterをやっていないかなり初期の方からTwitterを使っていたし(所謂ギークなのでまだみんなが知らない間にネットで知った)、インターネッそのものが好きなのでTwitterだけじゃなく検索エンジンでネットサーフィンしたり時にはサイトを作ったり(実際運営してるものもある)所謂ひとりのオタクとしてやってきたが、最近はインターネットというかTwitterに疲れが出てきている気がする。もともとTwitterは勝手に自分の思うところをつぶやくために始めたところが大きい。つまるところ、本当の意味の”1人つぶやき”の場として始めたわけであり特別知らない他人に干渉するかはほとんどなかったのだがいつのまにか他人からの反応が楽しくなってしまい、有名人の言動1つ1つの挑発的な言及をしていることもあったと思う。そういうことはやっている間は楽しいがやらせる側からすると鬱陶しいことこの上ないと思うし、現に最近そういうものであるとか誰かを不特定多数の前で叩き上げるというツイートを目にするようになった。思えば自分も似たようなことを繰り返してきたのに今更手のひらを返すことになって自分でも滑稽だとは思うが、つまるところ今のTwitterはネガティブな言葉で溢れかえっている気がする。自分からは最近そういうものを発さなくなったせいかより一層強く感じるようになって、かなり心が消耗する。わからない人はわからないと思うが最近Twitter_USAがUserstreamという機能の提供を廃止した。このこともありさらにTwitterがつまらなく感じているところもある。ここらで潮時なのかもしれないと思い、少し更新を意図的に滞らせたこともあるが気質なのか、すぐ戻ってくる。うーん、困ったものだな。

兎に角最近のTwitterは負の感情が渦巻いていると思っているし他人の何気ない(多分無意識)ツイートで心を消耗することが増えてきたが、まさか僕がその人にツイート規制をかけられるわけがないし、そもそもそういう場所であることは間違いないのだからしょうがないのかなぁ。とは思う。やはりインターネットは使い方次第でどうにでもなるのだなとのご教授をいただけた。ネットは良くも悪くも他人の意見が簡単に取得できてしまいそこがメリットでもデメリットでもあるわけだが多分自分は人一倍他人人の意見に敏感な方だとは自覚しているので、自分に向けられた言葉だと分かった上でもネガティブな言葉には嫌な気待ちになってしまうし本当に少しTwitterから身をを引くべきなのかもしれない。多分自分には気の知れた人だけが集まる小さなコミュニティでワイワイするのが好きなんだろうな。かつてのLINEのタイムラインのように。

言い訳と正当化

僕は今までかなりの言い訳と自分の正当化をしてきた。要はやりたくないことからは逃げ、それを正当化してきたのだ。おそらくこれはほとんどの人間がしていることである。多分僕だけではなくこんな経験をしてきた人はごまんといるだろう。でもその結果得られたものは何もなかった。これはあくまで僕の場合ではあるが、得られたものなど自分を蔑む醜い感情でしかなかったのだ。

 

前にも少し書いたことがあるが、僕の言い訳と自分の正当化は小学生の時から始まっていた。みんながしっかり出していた計算ドリルを見て見ぬ振りして提出せず、授業のノートもとらなかった。それでも、小学生としても勉強は比較的誰でも理解しやすく忘れにくい簡単な内容しかでなかったし、英語も中学から始まるようは本格的なものではなく、ALTの先生と言葉遊びをするような、全く考えないでいい、友達と遊ぶことの延長線みたいなとこしかしなかったからそれでもテストで満点は行かずともそれなりに高得点は取れていたので問題視することもなかった。今になってそれが気になったので最近、高卒で就職した人に小学生の時のテストの点数を聞いて見たのだが、やはりどの人も小学生時代のテストでは得点が取れていたのだ。(悪い言い方で申し訳ないが高卒=勉強してこなかった人だと認識しているので)

 

中学に上がると僕もそうなのだが、なぜかとたんに点数が取れなくなる。小学生時代に勉強をあまりしていないとしても、それなりの高得点を取れていたので基礎は出来ていたはずだった。それなのに何故か最初のテストで平均50点くらいになっていた。今になって理由はいくつか考えて見たが、テストの内容がより思考力を問う問題形式になっていた気がする。センター試験を受けたことがある人ならわかるだろうが、大門の中の問題が、前の問題の答えをヒントにして次の問題を解くような問題が増えたことが理由の1つとして挙げられる気がする。2つ目にテスト自体の印象が変わった。小学生の時は大きな一枚のテストが配られ、イラストが綺麗に色が塗られていて、終わった人から立ち上がって教卓の前の箱に入れていいルールだったが中学に上がってからはチャイムの同時にはじめ、次のチャイムがなるまで席を立つことは許されなかった。問題自体も白黒のわら半紙になりとても無機質で硬い印象になった。目が精神に与える影響は計り知れないというがその傾向が顕著にでていたのではないかと思う。

 

少し話がずれたが、このようにレベルが上がっていくに連れて、最初のスタートラインは同じでも歳を重ねていくごとに差が開いていった。そこには一体なんの違いがあったのだろうか。

 

僕はここにはシンプルに「逃げたか、逃げなかったか」の違いがあったと思う。もっと簡単にいうと「歯を食いしばって頑張ったか、そうでないか」である。小学生の時はどの人も同じような点数を取り、ある程度の水準までは達していたはずなのだ。つまり基礎学力はあったはずなのである。それが中学に上がりレベルが上がると分からなくなり嫌になり投げ出した。それを問題が難しいからと理由をつけて。これが逃げでなかったらなんなのだろうか。高得点を中学になっても取り続けていた人は確かにいたし、その人は軒並みレベルの高い高校に進学していった。一方自分を含め逃げた連中は行ける高校しか選択肢がなかった。もちろんそれでいい人もいると思うしそれ自体を否定する気はさらさらないが、事実としてそういうことはあったし、その結果に満足いかない人は圧倒的に多いはずだ。勉強流行ればやるほど結果に出る。やったのに結果がでないなんてよほどのことがない限りありえないし学校の先生は確かな道を示してくれていた。

 

 

今、僕は浪人をしている。つまり無職である、ニートである。今年行きたい大学に受からなかったからまた一年やり始めた。僕の根底には小学生の時から滞りなく積み重ねてきた醜い「怠惰」があり、それと同時にいい大学に行っていい思いをしたいという「理想」がある。ここ3ヶ月はこの2つが自分の中で渦巻いていて精神的に辛かったが最初は落ち着いている。もう割り切っているし浪人してよかったとも思っている。親にも感謝しているし予備校に行かせてもらっている素晴らしい環境がある。今まで自分が積み上げてきた自分の嫌なところを省みると気が滅入ってしまうし精神的に辛いけど、そんな自分を蹴散らしてやろうと思って勉強している。正直なところ今の自分の原動力は大学に受かりたい気持ちではなく、自分の嫌いなところを蹴散らしてやろうと思ってやっているところが大きい。18年間生きてきて頑張ったことなど一度もなかった自分を恨んでいる。もう少したくさん経験をしていればこんな結果になっていなかったかもしれない。だが、そんなことを今考えていても過去は取り戻せない。だから今頑張りぬこうと思う。その結果、また行きたい大学に受からなくても僕は満足すると思う。

 

最後に、僕と同じように妥協してきた人がこれを見ていたらなんの参考になるかはわからないが、偉そうなことを言ってみようと思う。

 

頑張ることは自分が思っていたよりいいことです。毎日が今とても充実しています。あなたが今大学にいようが、社会に出ていようが、ニートをやっていようが、そんなことは僕にはどうでもいいし関係ないことだとは思いつつ、やはり同じような生き方をしてきてしまった人たちには何か言っておきたい。もしも今何か成し遂げたいと思っているならば行動に移せ。別になんだって構わないがとにかくやろうと決めたことを馬鹿みたいに何度も繰り返すべきだ。今までそれができなかったんだから今度こそそれをやり抜け。きっと違う結果が得られると思います。

 

日本人は働きすぎだとかどうとか言われているが、いい環境ではあると思う。別に勉強したくてもお金がなかったら、高校には行かずに代わりに書店で参考書を一冊買って完璧にすれば高認試験には受かり、高卒者と同等の学力があるとみなされ大学受験資格も得られます(ちなみにレベルは教科書の基礎レベルなのでしっかりやれば誰でも受かります)。自分が受験生なのでどうしても勉強に置き換えた話しかできませんが、他のことだって割となんでもできると思う。「失敗するのが怖いから」とかふざけたこと言ってると、今度は人生失敗するぞ。

 

よく言われることだが「世界には勉強したくてもできない人がある」「世の中には食べるものがなくて死にそうになってる人がある」とかそんな言葉は嫌になる程聞いていて、脳に刷り込まれているはずだし、実はそんなことみんなわかってる。分かっているけど目の当たりにすることがないからどうもイメージしづらく日本の恵まれた環境にいることが普通になっているんだと思う。だからこそ、小さい頃から何かしらの努力を積み重ねてきた人は本当にすごいと思うし、おそらく僕が大学に入り、社会に出てずっと努力し続けても、その人たちもずっと努力し続けるわけで、一生その人達と肩を並べることはないのだろうが、少しでも近づけるように頑張りたいと思う。

 

再三言うようで申し訳ないが、どうしても僕は勉強に紐付けてこういうことを説くことしかできないが、なんだって構わないと思う。今でも言い訳と正当化を繰り返してきた人はもうそんなくだらないことはやめて一度だけでも頑張ってみてください。僕も頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

2ヶ月半経ったので。

最近忙してくて頭の中がりゅうちぇるになっていたし、こうして文字に起こすのは久しぶりで前回何を書いたか忘れたので見てみたらなかなか酷いことを書いていて我ながらよくやったなぁと思う。

 

予備校が始まって2ヶ月半経つわけだが、なかなか成績が上がらない。現役の時より知識は増えたはずだし実感はあるのだが...。浪人生は成績が伸びないというのは本当だったのか。全身の毛穴から涙が止まらない。とりあえずやるしかないのでもがいてみようと思う。

 

予備校の先生も言っていたが、実は東大に行った人だって「将来やることないけどとりあえず将来の幅が広がりそうな大学」ってだけで選んだ人が多いらしい。確かに考えてみると自分の周りでもやりたいことが決まった上で大学を受験した人が少なかったように感じる。浪人してから親と時々、勉強することの意味みたいなテーマで話をすることがあるのだが、昔からどうやら「大半の大学生にとって就職するまでの猶予期間の延長を目的で行く人が多く、卒業してから業種を決める人が多いらしい」親が言うには文系にそう言う傾向があるとか。自分が通っていた高校のレベルが高いわけではないので推薦で大学に行った人が多い(推薦入試の良し悪しを言っているのではなく。)が、そのような傾向は確かにあった気がする。進学校は知らない。クソして寝ろ。

 

うーん、そもそも高校中に勉強しろって言うだけ言って、大学でいきなり専門科目勉強しろって言われても僕のようなやりたいことが決まってる人以外困惑してしまうのも無理もないし実際のところやはりそう言う人が多いと思う。これは高校のレベル関係なくね。むしろ、進学校に通っていた人の方が、人生の岐路にいきなり立たされて絶望している割合は多いのかもしれない。日本もどっかの外国みたいに1年や2年の猶予を設けるべきだと思う。大学の授業料ってバカにならないのに、とりあえず入りました。だと大学のランクも下がるし学生側のメリットもないので両方損しかしない気がするのだが...。みんな浪人すればいいのでは?(名推理)

 

センター試験まであとちょうど200日らしい。なんだか二度目のセンター試験に愛着が湧くまである。来年はセンター試験廃止されるしありがとうやでほんま。

 

うーん、書くことがない。そもそも勉強しかしてないので勉強の話しかできない。うーん、書くことがないから更新を滞っていたのだがいよいよ書くことがなくなってきた。ストレス発散で始めたものであるがネタがないとストレスのはけ口にもやらないので困ってします。なんでもいいので何かお題くれたら書きます。多分。見てくれてる人がいたらね。

 

とりあえず夏休みだな、勝負は。明日からまた勉強以外では適当に僕はのほほんと生きていきますのでどうかみなさんも風 病気とかに気をつけて適当に生きてくださいね、