言い訳と正当化

僕は今までかなりの言い訳と自分の正当化をしてきた。要はやりたくないことからは逃げ、それを正当化してきたのだ。おそらくこれはほとんどの人間がしていることである。多分僕だけではなくこんな経験をしてきた人はごまんといるだろう。でもその結果得られたものは何もなかった。これはあくまで僕の場合ではあるが、得られたものなど自分を蔑む醜い感情でしかなかったのだ。

 

前にも少し書いたことがあるが、僕の言い訳と自分の正当化は小学生の時から始まっていた。みんながしっかり出していた計算ドリルを見て見ぬ振りして提出せず、授業のノートもとらなかった。それでも、小学生としても勉強は比較的誰でも理解しやすく忘れにくい簡単な内容しかでなかったし、英語も中学から始まるようは本格的なものではなく、ALTの先生と言葉遊びをするような、全く考えないでいい、友達と遊ぶことの延長線みたいなとこしかしなかったからそれでもテストで満点は行かずともそれなりに高得点は取れていたので問題視することもなかった。今になってそれが気になったので最近、高卒で就職した人に小学生の時のテストの点数を聞いて見たのだが、やはりどの人も小学生時代のテストでは得点が取れていたのだ。(悪い言い方で申し訳ないが高卒=勉強してこなかった人だと認識しているので)

 

中学に上がると僕もそうなのだが、なぜかとたんに点数が取れなくなる。小学生時代に勉強をあまりしていないとしても、それなりの高得点を取れていたので基礎は出来ていたはずだった。それなのに何故か最初のテストで平均50点くらいになっていた。今になって理由はいくつか考えて見たが、テストの内容がより思考力を問う問題形式になっていた気がする。センター試験を受けたことがある人ならわかるだろうが、大門の中の問題が、前の問題の答えをヒントにして次の問題を解くような問題が増えたことが理由の1つとして挙げられる気がする。2つ目にテスト自体の印象が変わった。小学生の時は大きな一枚のテストが配られ、イラストが綺麗に色が塗られていて、終わった人から立ち上がって教卓の前の箱に入れていいルールだったが中学に上がってからはチャイムの同時にはじめ、次のチャイムがなるまで席を立つことは許されなかった。問題自体も白黒のわら半紙になりとても無機質で硬い印象になった。目が精神に与える影響は計り知れないというがその傾向が顕著にでていたのではないかと思う。

 

少し話がずれたが、このようにレベルが上がっていくに連れて、最初のスタートラインは同じでも歳を重ねていくごとに差が開いていった。そこには一体なんの違いがあったのだろうか。

 

僕はここにはシンプルに「逃げたか、逃げなかったか」の違いがあったと思う。もっと簡単にいうと「歯を食いしばって頑張ったか、そうでないか」である。小学生の時はどの人も同じような点数を取り、ある程度の水準までは達していたはずなのだ。つまり基礎学力はあったはずなのである。それが中学に上がりレベルが上がると分からなくなり嫌になり投げ出した。それを問題が難しいからと理由をつけて。これが逃げでなかったらなんなのだろうか。高得点を中学になっても取り続けていた人は確かにいたし、その人は軒並みレベルの高い高校に進学していった。一方自分を含め逃げた連中は行ける高校しか選択肢がなかった。もちろんそれでいい人もいると思うしそれ自体を否定する気はさらさらないが、事実としてそういうことはあったし、その結果に満足いかない人は圧倒的に多いはずだ。勉強流行ればやるほど結果に出る。やったのに結果がでないなんてよほどのことがない限りありえないし学校の先生は確かな道を示してくれていた。

 

 

今、僕は浪人をしている。つまり無職である、ニートである。今年行きたい大学に受からなかったからまた一年やり始めた。僕の根底には小学生の時から滞りなく積み重ねてきた醜い「怠惰」があり、それと同時にいい大学に行っていい思いをしたいという「理想」がある。ここ3ヶ月はこの2つが自分の中で渦巻いていて精神的に辛かったが最初は落ち着いている。もう割り切っているし浪人してよかったとも思っている。親にも感謝しているし予備校に行かせてもらっている素晴らしい環境がある。今まで自分が積み上げてきた自分の嫌なところを省みると気が滅入ってしまうし精神的に辛いけど、そんな自分を蹴散らしてやろうと思って勉強している。正直なところ今の自分の原動力は大学に受かりたい気持ちではなく、自分の嫌いなところを蹴散らしてやろうと思ってやっているところが大きい。18年間生きてきて頑張ったことなど一度もなかった自分を恨んでいる。もう少したくさん経験をしていればこんな結果になっていなかったかもしれない。だが、そんなことを今考えていても過去は取り戻せない。だから今頑張りぬこうと思う。その結果、また行きたい大学に受からなくても僕は満足すると思う。

 

最後に、僕と同じように妥協してきた人がこれを見ていたらなんの参考になるかはわからないが、偉そうなことを言ってみようと思う。

 

頑張ることは自分が思っていたよりいいことです。毎日が今とても充実しています。あなたが今大学にいようが、社会に出ていようが、ニートをやっていようが、そんなことは僕にはどうでもいいし関係ないことだとは思いつつ、やはり同じような生き方をしてきてしまった人たちには何か言っておきたい。もしも今何か成し遂げたいと思っているならば行動に移せ。別になんだって構わないがとにかくやろうと決めたことを馬鹿みたいに何度も繰り返すべきだ。今までそれができなかったんだから今度こそそれをやり抜け。きっと違う結果が得られると思います。

 

日本人は働きすぎだとかどうとか言われているが、いい環境ではあると思う。別に勉強したくてもお金がなかったら、高校には行かずに代わりに書店で参考書を一冊買って完璧にすれば高認試験には受かり、高卒者と同等の学力があるとみなされ大学受験資格も得られます(ちなみにレベルは教科書の基礎レベルなのでしっかりやれば誰でも受かります)。自分が受験生なのでどうしても勉強に置き換えた話しかできませんが、他のことだって割となんでもできると思う。「失敗するのが怖いから」とかふざけたこと言ってると、今度は人生失敗するぞ。

 

よく言われることだが「世界には勉強したくてもできない人がある」「世の中には食べるものがなくて死にそうになってる人がある」とかそんな言葉は嫌になる程聞いていて、脳に刷り込まれているはずだし、実はそんなことみんなわかってる。分かっているけど目の当たりにすることがないからどうもイメージしづらく日本の恵まれた環境にいることが普通になっているんだと思う。だからこそ、小さい頃から何かしらの努力を積み重ねてきた人は本当にすごいと思うし、おそらく僕が大学に入り、社会に出てずっと努力し続けても、その人たちもずっと努力し続けるわけで、一生その人達と肩を並べることはないのだろうが、少しでも近づけるように頑張りたいと思う。

 

再三言うようで申し訳ないが、どうしても僕は勉強に紐付けてこういうことを説くことしかできないが、なんだって構わないと思う。今でも言い訳と正当化を繰り返してきた人はもうそんなくだらないことはやめて一度だけでも頑張ってみてください。僕も頑張ります。