人生割となんとかなんじゃん?

浪人生の朝は早い。というか朝早く起きないとその日やるスケジュールが総崩れになるし勉強時間が確保できないとそれだけで不安になるしまた大学に落ちるんじゃないかもとヒヤヒヤするから目覚ましが鳴る前に起きるようになった。

 

人間は基本早起きが得意ではない。これは僕とて例外ではない。今でこそどんなに遅くても6時には起きて勉強するようになったがほんの2ヶ月前まで平気で10時まで寝ていたし、起きたら起きたでなんの生産性もなくダラダラしていた。最悪な時だと昼過ぎまで寝ていたこともある。こう鳴るともはや病気の沙汰だと言わざるを得ない。  

 

考えて見て欲しい。仮に昼前で寝ていたとする。起きて昼ごはんを食べて少ししたら冬ならもう日が暮れる時間になる。人間外が暗くなればまた眠く鳴るしやる気が起きなくなるものでその日は本当になんの達成もなくただご飯を食べてTwitterして寝るだけである。中にはこんなことできるのも学生のうちだからいいじゃん。てなる人もいるだろうがそんなことは決してない。学生だって平日は大人が仕事行く時間に学校に行くし、勉強だってあるはずだ。睡眠時間だって大人とほとんど変わらないはずだし週末で学校がないときは社会人も休みである。活動時間は学生だろうが社会人だろうが変わらないはずだ。

それなのにこんな事ができるのも学生のうちだからー。とかいう人は本当にどうしようもない。上手く時間を使える人は日々自分にとってプラスなことを吸収して行ってるはずだし、そんなこと言っている間に取り返しのつかない差が開くことになる。

 

なぜこんなことを言い始めたのか。しかも、ほんの2ヶ月まえまでこの生活をしていた僕が、である。

 

話は僕が大学受験現役生、詳しく言えばちょうど一年前から不合格通知をもらった3ヶ月前まで遡る。去年の暮れからなんとなく落ちる気はしていた。

 

算数は小学生の頃から逃げていたし、 小学高学年になると計算ドリルの提出も守らずになんかにサッカーボールわをけっていた。本当に情けない事だが、当時の担任の先生が学校のグラウンドまで職員室から降りてきて、提出の催促をしていただいたのにも関わらずその日は聞き流して次の日からまた提出物は出さない始末。中学校に上がってもそのくせは治らずほとんど提出物を出した記憶がない。当時の僕にとっては学校でお勉強するよりもゲームしたりパソコンいじったりするのがよほど人生に価値を見出せるものであり全てであった。むしろ小学校より生徒の人数が増えたのが原因か、担任の先生でさえ少し注意をするほどでわざわざ呼び出して提出物を無理やり出させたりする事が少なくなっていた。

 

これをよしと思ったのか提出物は全く出さなくなり、テストは平均30点を切る始末。成績表は3年間の評定を出すと3.0を下回る。推薦なんて貰えるはずもなく当時の学力で行けるところに行った。

これを言ってしまうときっと関係者の人が見ると怒るだろうけど僕は高校に行った価値を今でも見いだす事ができない。例えば「勉強を頑張っていい大学に入れた」だとか「部活動で全国に名を刻んだとか輝かしい成績は一切ない。強いて言うなら「バイトを頑張った」くらいである。頭も良い学校ではなかったから周りの雰囲気に流され、中学卒業した時に親に「高校では変わります。一生懸命勉強します」と顔をぐしゃぐしゃにして頭を下げたことも忘れ、またゲームとパソコンとバイトをして今に至る。高校の評定は2.6である。これは下位5%に入るらしい。別に進学校でもなんでもない、よくあるそこらへんの高校の所属なのに、だ。おそらく部活で輝かしい成績を残したであろう同級生にも平気で負けていた。こんなわけで落ちるべくして大学には落ちた。当たり前である。

 

さて、話は冒頭に戻るが、こんな地べたを這っていた僕でもなんとか人に言えるくらいには今勉強を頑張っている。人間の時間は有限である。例えば事故で明日死ぬかもしれないし一週間後に死ぬかもしれない。どんなに生きても少なくとも70年後にはこの世にいないだろう。これは全ての人間に人しか与えられたものであり覆すことはできない。高学歴だろうが低学歴だろうが皇族であろうが一般人であろうが芸能人であろうが必ず終わりは来る。そして人間が一番活発に動けるのはせいぜい20代までである。体は動かなくなってくるだろうし家庭を持つ人も多くなるから転職を繰り返すのも難しくなるだろう。そうなるとやはり未来の所得や社会的地位を確立するのに今がとても大事な時期であることは明白である。これは来年大学に入る予定の僕でもそうだし、すでに大学に入っている人もそうである。社会人になった人だって職場でも動き方で出世の遅い早いが決まってくると思う。そうなればやるなら今しかない。体が最も動く今のこの年齢で最大限の働きをすべきだ。これは別に遊ぶなと言っているわけではない。もちろん休憩は必要だしある程度親から自立して生まれて初めて自由な時間を使える大学生であるからもちろん遊ぶときは遊ぶべきだ。ただし、時間をうまく使うべきだと思う。これは当たり前な話だが、早起きをすればするほどその1日が長く使える。その時間は自分のために使えるのだ。勉強じゃなくたって構わない。ランニングだろうが筋トレだろうがなんだっていい。体が自由に動いてある程度無理が聞くこの時期に将来の自分のためになるような行動をとるべきであると思う。

 

先ほども言ったが、人間は基本怠けるものである。「やらなければいけないけれどやりたくないもの」は基本後に回しがちだ。僕はこれを高校受験と大学受験で痛いほど経験している。これがあったから今朝早く起きて勉強するようになったが慣れるまでは時間がかかった。それでも今は充実していると思うし、日に日に知っている事が増えていく感覚が心地いい。

 

人間やれば割となんでもできると思う。自由がきく今のうちに将来のために色々貯金しておくべきだ。もしもそれが思い通りにいかなくても頑張った事が自信になる。こんなことはもう体に刷り込まれてることであろうが、本当に大事なことだ思う。頑張ったからといって夢は叶うわけではないが、頑張らなければ叶わない。

 

 

“人生は自転車のようなものだ。倒れないようにするには、走り続けなければならない”

 

 

これは理論物理学者であるアインシュタインが言った言葉だが、かなり的を射ていると思う。 

どんなことでもいいから自分にプラスになることを継続すべきだし継続するから夢が叶う。人間は他の生物と違い、勉強する事ができ、働く事ができ、泣く事ができ、怒られる事ができ、他の人と助け合う事ができる。こんなに恩恵にあずかっている生物を他に知らない。せっかくこんなにいい環境で生まれてくる事ができたのだからできることから一生懸命やっていこうと思う。

 

何も全てを完璧にする必要はないしやらなくていいものはやらなくていい。自分のやりたいことを極めるべきだ。自分がやりたくないことはきっと他の人がやりたいことでその人が自分の弱点を補ってくれるはずだ。そうやって自分にできることを毎日コツコツ続けていって無理なところは他人任せでやっていけばいいと思う。僕は今までそうしてきたようにこれからも、やる必要がない嫌なことからは逃げて、それを補ってくれる人に他力本願しながら上手く生きていきたい。